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アダム・ランバートはなぜクイーンに?プロフィールや経緯を紹介!

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アダム・ランバートはなぜクイーンに?プロフィールや経緯を紹介!

2023年のNHK紅白歌合戦にクイーン+アダム・ランバートが特別企画で出場することがわかりました。

クイーンのボーカルと言えばフレディ・マーキュリーがあまりにも有名ですが、フレディー亡き今、どういった経緯で現在のクイーンのボーカルをアダム・ランバートが務めることになったのでしょうか?

今回はアダム・ランバートのプロフィールをはじめ、クイーンに加入した経緯について紹介します。

アダム・ランバートのプロフィール

アダム・ランバートのプロフィールについて紹介します。

 

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名前 アダム・ランバート(Adam Mitchel Lambert)
誕生日 1982/01/29
出身地 アメリカ合衆国
身長 185cm
Instagram adamlambert
X(旧Twitter) @adamlambert

アダム・ミッチェル・ランバート(1982年1月29日生まれ)は、アメリカの歌手、作詞・作曲家、俳優です。

2009年にファーストデビューアルバム「For Your Entertainment」をリリースしデビュー。このアルバムでビルボード200で初登場3位を記録し、複数の国でゴールドおよびプラチナのステータスを獲得しています。その後も「Trespassing」や「The Original High」などのアルバムをリリースし、これまでに全世界でシングル500万枚以上、アルバム300万枚以上を売り上げています。

またソロ活動と並行して、2011年からクイーン+アダム・ランバート(Q+AL/QAL)のリードボーカリストとして、ロックバンドのクイーンとコラボレーションをしており、2014年から2023年にかけて世界ツアーも行っています。

私生活では、LGBTQ+(性的マイノリティ/性的少数者)であることを公表し、2019年より非営利の財団を設立して慈善活動、LGBTQ+、人権活動などの支援を行っています。

クイーン+アダム・ランバートを結成した経緯は?

アダム・ランバートは、なぜ、どういった経緯でクイーンとバンドを組むようになったのでしょうか?

アダム・ランバートがクイーンメンバーと出会ったきっかけやバンドを結成するまでの経緯について紹介します。

『アメリカン・アイドル』のシーズン8に出場

アダム・ランバートは2009年にアメリカで放送された世界に通用するスターを発掘するオーディション番組『アメリカン・アイドル』のシーズン8に参加します。イギリスの人気テレビ番組『ポップアイドル』から企画を使用したアメリカ版で、2002年から2016年までの15シーズンにわたってFOXで放送された人気番組です。

アダム・ランバートとクイーンが出会ったきっかけは「アメリカン・アイドル」

『アメリカン・アイドル』のシーズン8に出場したアダム・ランバート。オーディションではクイーンの名曲「ボヘミアン・ラプソディ」をアカペラで披露し、ミュージカルで培った歌唱力を多くの審査員に評価され本戦出場を手にします。

こちらオーディション風景の動画になります。

審査員には『ブリテンズ・ゴット・タレント』などにも出演する有名な音楽プロデューサーであるサイモン・コーウェルも参加しており、アダム・ランバートに対し終始辛口コメントをしています。

その後も予選は続き、準決勝ではローリングストーンズの「(I Can't Get No)Satisfaction」、決勝戦ではマイケル・ジャクソンの「Black or White」などを披露し、抜群のパフォーマンスで審査員4人全員から称賛されました。また、終始辛口コメントをしていたサイモン・コーウェルもアダム・ランバートの才能を認めざるを得ない状況でした。

決勝戦は13人の進出者が11週間にわたって競い合い、毎週少なくとも1人以上が投票に基づき脱落していくシステムですが、アダム・ランバートは持ち前の歌唱力はもちろんのことアーティスト性も高く評価され、次々と勝ち残り、ついにはトップ2(フィナーレ)進出を決めます。

クイーンメンバーとの出会い

『アメリカン・アイドル』のトップ2(フィナーレ)に進出したアダム・ランバート。最後の相手はクリス・アレンでした。フィナーレではそれぞれ3曲ずつを披露し、アダム・ランバートはティアーズ・フォー・フィアーズの「Mad World」、サム・クックの「A Change Is Gonna Come」、そしてフィナーレのために制作された楽曲「No Boundaries」を歌いました。

優勝者の発表が行われる直前に、アダム・ランバートとクリス・アレンの2人はクイーンの名曲「We Are the Champions」を披露します。

そこに登場したのがクイーンの現メンバーであるブライアン・メイ(Gt)とロジャー・テイラー(Dr)でした。

メイとテイラーは番組からアダム・ランバートとクリス・アレンと共演してほしいとオファーを受け、優勝者発表前のパフォーマンスとして演奏したわけです。

こちらが『アメリカン・アイドル』で披露された「We Are the Champions」の動画になります。

最終的にアダム・ランバートはクリス・アレンに敗れ準優勝という結果に終わりますが、初めてアダム・ランバートがクイーンメンバーと舞台上で共演した瞬間となりました。

つまり、アダム・ランバートとクイーンのメイ、テイラーが出会うきっかけになったのは、オーディション番組『アメリカン・アイドル』でした。

『アメリカン・アイドル』のその後

2009年に開催された『アメリカン・アイドル』シーズン8によって、世界的にその名前が知れ渡ったアダム・ランバート。

実は番組のフィナーレでクイーンと初共演する以前に、クイーンのメンバーはアダム・ランバートがオーディションで披露した「ボヘミアン・ラプソディ」を映像でみて興味を持っていたと明かしています。キーボード奏者として35年間クイーンのバンドを支えてえきたスパイク・エドニーがたまたまオーディション動画をみており、運命の出会いと感じ、すぐさまロジャー・テイラーにメールしたそうです。

またブライアン・メイは、米ローリングストーン誌のインタビューで「I’d certainly like to work with Adam. That is one amazing instrument he has there.(アダムと仕事をしたいのは確かだ。彼の持っている楽器は素晴らしいよ。)」と番組で共演した直後に語っています。

ちなみに番組が開始された2009年1月は、まだポール・ロジャースとのコラボレーションバンド・クイーン + ポール・ロジャース(Q+PR/QPR)を組んでいたわけですが、この時期以前にすでにポール・ロジャースの代役を探していたようです。

そして番組がフィナーレを迎えた2009年5月、同月にクイーンとポール・ロジャースのコラボレーションを解消することが発表されました。

すぐにクイーンとアダム・ランバートとのコラボレーションが発表されるかと思いきや、その後アダム・ランバードはしばらくソロ活動を行います。

クイーン+アダム・ランバートの結成

2011年11月、北アイルランド・ベルファスで開催されたMTVヨーロッパ・ビデオ・アワードにおいて、アダム・ランバートとクイーンは再共演を果たします。実に初共演から2年以上経っていました。

ステージでは「The Show Must Go On」「We Will Rock You」「We Are the Champions」の3曲をメドレーで披露しました。

その後、2011年12月にブライアン・メイとロジャー・テイラーがアダム・ランバートをクイーンのフロントマンとしてコンサートに出演させるための話し合いを始めたと報じられました。

そして遂にクイーン+アダム・ランバートの名義で2012年6月30日から7月14日にかけて行われたツアー「Queen + Adam Lambert Tour 2012」が発表され、これ以降正式にコラボレーション相手として活動を開始します。

現在もなお、コラボレーションとしての活動は続けており、2024年2月には5大ドームツアー「QUEEN + ADAM LAMBERT -THE RHAPSODY TOUR-」を控えています。

なぜクイーンはアダム・ランバートとバンドを組んだのか?

なぜクイーンはアダム・ランバートとバンドを組んだのでしょうか?

これまでに、2009年5月までにコラボレーションをしていたポール・ロジャース、そしてフレディ・マーキュリーに歌声がそっくりなマーク・マーテル(映画『ボヘミアン・ラプソディ』で歌声を担当)など、数多くのアーティストと共演をしていますが、なぜ最終的にアダム・ランバートを選んだのでしょうか?

マーク・マーテルが歌う「ボヘミアン・ラプソディ」のカバー動画はこちら。

クイーンがアダム・ランバートを選んだ理由はただ1つです。

それは、”クイーンはフレディ・マーキュリーの代わり探していたわけではなく、オリジナルを求めていた”ということです。

ポール・ロジャースに関して言えば、歌唱力は認めつつも、歌声がクイーンにマッチしていない曲があったとキーボード奏者のスパイク・エドニーはローリングストーン誌のインタビューで話しています。

マーク・マーテルに関して言えば、もし組んでしまうとトリビュートバンドになってしまうと話しています。

アダム・ランバートに対してはこのように発言しています。

僕らが何かを提案するたびに、彼は見事に対処してみせた。要するに、彼がバンドに馴染むまでにそう時間はかからなかったってことだよ。彼は舵をとるのも得意だ。その上で僕が役立ちそうだと思ったらしく、何かと目で合図を送ってきてた。僕が頷いたり眉を上げると、そこから曲が展開していくんだ。ステージに立つ時、僕らはお互いをすごく信頼してる。今じゃ阿吽の呼吸ってやつで、そういう合図もなしに意思の疎通ができるようになったよ。

彼はフレディーのことやバンドの歴史を意識しながらも、自分自身でいる術を身につけたんだ。誰かの真似をする必要はないってことを、彼はよく理解してる。彼はアダム・ランバートであり、クイーンのヴォーカリストだ。

つまり、アダム・ランバートの歌唱力、対応力はもちろんのこと、確かなオリジナル性があり、それでいてフレディ・マーキュリーをはじめとするバンドへのリスペクトを怠らない姿勢が新生クイーンのボーカルに相応しいメンバーであるといった理由から選ばれたわけです。

以上が、クイーンがアダム・ランバートを新しいボーカルに選んだ理由でした。

まとめ

今回はアダム・ランバートのプロフィールをはじめ、なぜクイーンに加入することになったのか?その経緯などについて紹介しました。

  • アダム・ランバートとクイーンが出会ったきっかけは、2009年に放送されたアメリカのスター発掘オーディション番組『アメリカン・アイドル』
  • アダム・ランバートとクイーンの初共演は『アメリカン・アイドル』の優勝発表直前に行われたパフォーマンス(優勝者のクリス・アレンと共に「We Are the Champions」を披露)
  • 2011年11月に開催されたMTVヨーロッパ・アワードでクイーンとともにパフォーマンスに参加し、クイーン+アダム・ランバート(Q+AL/QAL)として活動を開始
  • 2014年に初のワールド・ツアー「クイーン+アダム・ランバート・ツアー2014~2015」を開催
  • 2024年2月には日本で5大ドーム公演を開催予定
  • クイーンがアダム・ランバートを選んだ理由は歌唱力、対応力、オリジナル性に惹かれたから

2023年の紅白出場のニュースで初めてアダム・ランバートについて知った方も多いのではないかと思います。

2024年の2月には5大ドームツアーも開催予定なので、興味を持った方はぜひ参戦してみてください!

最後までお読みいただきありがとうございました。

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